ひみつの場所

ひみつの場所 短編小説

僕は一人、電車に揺られ地元を目指している。

肘をついて眺める景色は徐々に懐かしい風景へと姿を変えた。

思えば高校卒業して家を出てからしばらく経つ。

時の流れというのは怖いものだ。

気がつけば、僕は人だらけの街の中一人で立っていた。「20代なんてあっという間に過ぎるぞ。」

大人は皆言ったものだ。そしてそれはある意味当たっていたように思う。

もう僕は学生ではない…

そんな当たり前のことを考えていた。

電車の揺れは心地好く、僕を眠らせていく。

1998年春

「ねえ、坂本君。占いって信じる?」

彼女は急に僕に話しかけてきた。

「え?占い?あんまし興味はないかな。なんで?」

「この本によるとね。」

分厚い本を見せながら、明美は話す。

「私達二人は、とても相性が良いみたいなの。」

それが彼女と交わした最初の会話だった。

彼女の名前は榊原明美といって、僕と同じ高校に通う同級生だ。

推薦でギリギリ合格することができた僕に比べ彼女は余裕で合格したらしい。

運動神経も良く体育の授業では何をしても上手くこなした。

その辺りも関係してるのか知らないが彼女はクラス中の注目の的だった。

でも彼女は自分から誰かに話しかけたりすることは滅多になく、

男連中が何か誘ってきた時には笑顔で上手く断っていた。

一体何を考えてるのかよく分からない。

不思議な女の子だった。

僕は、どちらかというと目立たない地味なタイプなので

特に気にしてなかったけれど

どういうわけか帰り道が一緒で

気がつくと共に行動するようになっていた。男友達にはからかわれることもあったが、

僕らは全く気にしなかった。ただ、彼女はあくまで「友達」として接してきたし、

僕も同じように接していた。僕らが暮らしている町は海と山に挟まれたのどかな雰囲気で

自転車で少し走れば海にも山にもすぐ行くことができた。

僕と明美は暇に任せて海を眺めたり軽く山道も歩いたりしていた。

ある日、いつもと同じようにぶらぶらと山道を歩くと

ちょっとした広場があることに気付く。

僕は驚きながら話した。

「あれ?こんな場所あったっけ?」

「最近作った広場なんじゃないの?何だかいいね~。静かで誰もいないし。」

明美は楽しそうに周りを見回して続けた。

「あ、ベンチがあるじゃない。」

僕のことは無視して、広場の端にあるベンチへ向かった。

仕方なく後を追う。

ベンチまで着いてみると、

その先にある景色に僕らは言葉を失った。

ベンチは広場に対して背を向けるように設置されていて、

座ると町の風景を一望することができた。

あまりの美しさに僕は呟く。

「凄いな…この町ってこんなに綺麗なんだ…。」

明美は気持ち良さそうに背伸びをして話した。

「本当に良い眺めだね!」

長い髪はさらさらと風になびいている。

そんな横顔を見てすぐに僕は目を背けた。

前々から感じていたことだけれど、

僕は少しずつ友達とは割り切れなくなっていた。

”全く…人の気も知らずいい気なもんだな…”

心の中で呟くと、思わず虚しくなり僕は俯いて溜息をついた。

「どうしたの?疲れた?」

明美は不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。無理して笑顔をつくりながら僕は言葉を返す。

「いや何でもない。良い眺めだよね。」明美は嬉しそうな笑顔で答える。

「ね、ここは私達だけの秘密の場所にしましょうよ。」

「いやいや、秘密ったって誰でも知ってるだろ。」

「大丈夫よ。だって週末のこんな天気良い日に誰もいないんだから。」

「まぁ確かに。」

「あ、他の女の子に教えるのはなしだからね。」

眉間にシワを寄せて意地悪そうに言う。

僕は内心ドキドキしながら答えた。

「教えるような人はいないって。」

「どうだかね~」

ぶっきらぼうに言いながら明美は立ち上がった。

「そろそろ行きましょ。」

「あぁそうだね。」

僕は先に歩き始めた明美の後を追う。

いつも帰りを切り出すのは明美だった。

毎回、僕は密かに胸が痛くなっていた。

そんな僕らの微妙な友達関係が続いていたある日、ある噂を耳にしてしまう。

同じクラスの佐々木は僕を見つけるなり、耳打ちする。

「おい孝。いいのか?」

「何が?」

「榊原のことだよ、中野と付き合ってるらしいぞ。」

「は?」

「お前知らないのか?」

「美男美女カップルって、すげぇ噂だぞ。

中野と孝を比べると…孝、お前に勝ち目はない。あきらめろ。」

僕は内心腹が立ったが、冷静に話した。

「そんな噂知らん。それに榊原とは何もないよ。」

「そうか…ならいいけど。」

佐々木はつまらなそうに自分の席に戻った。

中野は、クラスに一人はいるであろう整った顔立ちの良い男だった。

話によるとバンドでベースを弾いたりもしてるらしい。

僕は僻みも混じり、中野のことが大嫌いだった。

それと同時に

”明美があんなモテ男と付き合ったりしないだろう。”

と信じて、僕は噂を無視することにした。

でもある日を境に無視できなくなってしまった。

日曜日、地元駅前で買物を済ませた帰り道。

”明日からまた学校面倒だな。”

そんなことを思いながら歩いていたら見慣れた後ろ姿があった。

明美だった。

僕が声をかけようとすると隣に男がいることに気付く。

その男は…僕の嫌っている中野だった。

嫉妬と悲しみでイライラした僕は彼らの前を駆け抜ける。

”全く情けない。何だこの気持ちは。”

虚しさ

悲しさ

苛立ちで

何も考えられないまま家に帰る。

その翌日、授業が終わり明美が声をかけてきた。

「坂本君、帰ろうよ。」

いつもと変わらない笑顔だ。

僕は目を合わさずに返す。

「悪いけど、佐々木と約束あるから。」

「あ、そうなんだね。」

「じゃあまた。」

そのまま目を合わさずに教室を後にする。

当然約束なんて嘘だ。

”もうやめてくれ。ほっといてくれ。”

そう思いながら帰る。

それから数日同じようなやり取りがあったが、明美とは次第に離れていった。

忘れたかった。

でも忘れることなんてできなかった。

ある日、携帯電話が鳴った。

”今さら何だよ…”

そう思いながら僕は携帯を耳にあてた。

「はい、もしもし。」

「あ、坂本君久しぶり。」

「あぁ久しぶりだね。どうしたの?」

「いや、ちょっと話があるんだけど…会えないかな?」

「いつ?」

「今から。」

「電話じゃダメなの?」

「できれば会って話したいかな。」

「ダメじゃないけど…分かったよ。じゃ近くの公園に1時間後でいい?」

「いいよ。」

「じゃ後で。」

僕は電話を切る。

正直会いたくなかったが、同時に物凄く会いたかった。

”人間てのは面倒な生き物だな”

そう思いながら出かける準備をする。

公園に着くと、明美は先に着いていてブランコに座っていた。

「待たせた?」

「いや大丈夫。」

明美は俯きながら話し始めた。

「ねぇ、最近何で私のこと避けるの?」

「いや…避けてないよ別に。」

僕は内心ドキドキしながら返す。

「もしかして、私と中野君の噂信じてる?」

「ん?知らないなそんな噂。」

「じゃ何で避けるのよ。」

「避けてないよ。」

「避けてるわよ。」

「あの、悪いけどこの間デート現場を見ちゃったんだ。正直がっかりしたんだよ。」

言った瞬間、僕は後悔してしまった。

涙目で明美は僕を睨みつけている。

「やっぱり。坂本君までそんな風に思ってたなんて…もういい。」

そのまま明美は行ってしまった。

僕は後を追いかけたかったけれど、その場から動けなかった。

それから数ヶ月が経ち。

僕は高校卒業後、上京することに決めた。明美のことを忘れられなかったことが一番のきっかけだったが、

自立するには一度実家を離れた方がいい気がしてたのも理由の一つだ。

すっかり話さなくなった明美とは卒業式に久しぶりの会話をした。

「坂本君、東京に行くんだってね。」

「あぁ。」

「ねぇ話聞いてくれる?」

「いいよ。」

「あの…坂本君が私と中野君を見かけた日ね。

単なる偶然で、向かう先が同じだから少し並んで歩いただけなんだ。信じてくれないかな…」

僕は内心嬉しく思いながら言葉を返した。

「本当に付き合ってないの?」

明美は俯きながら頷く。

「そっか、信じるよ。話してくれてありがとう。」

「分かってもらえてよかった。ねえ、手紙書いてもいい?」

「あぁもちろん。」

僕は話しながら、東京の住所のメモを渡した。

「じゃまた。」

僕が言うと、明美も言葉を返した。

「またね…。」

明美は何か言いたそうだったが僕はそのまま帰った。

学校からの最後の帰り道。

切なくてどうしようもない感情を抱えて家路を辿った。

東京で暮らし半年ほど経った頃、明美から手紙が届いた。

文面は明美の大学生活や、

他愛もないことが長々と綴られていたが最後はこんな文章だった。

「坂本君、元気に暮らしていますか?私は正直寂しいです。

あなたはいつも強がるから無理だけはしないでね。」

手紙にはそう書いてあった。

そして僕は今、

坂の上にある、秘密の場所に立っている。

広場はあの頃のまま変わってない。綺麗な空気を胸一杯に吸い込んだ。

何気なく遠くのベンチを眺めると、見慣れた後ろ姿が振り向く。

長い髪を手でおさえながら彼女は僕に笑いかけた。

僕も笑顔でベンチへ向かって歩き始める。

僕は心から彼女のことを愛していた。

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